大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和54年(ワ)1715号 判決

原告 安田火災海上保険株式会社

被告 許斐敏明 外一名

主文

一  別紙物件目録記載の土地および建物につき被告許斐敏明と同田中清の間において、別紙登記目録記載の約旨をもつて締結された賃貸借契約はこれを解除する。

二  被告田中清は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地および建物についてなした別紙登記目録記載の登記の抹消手続をせよ。

三  原告のその余の請求はこれを棄却する。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項と同旨

2  被告両名は原告に対し別紙物件目録記載の土地および建物についてなした別紙登記目録記載の登記の抹消手続をせよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

原告の訴えを却下する。

(本案に対する答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  被告の本案前の答弁の理由

本訴は、賃貸人、賃借人及び転借人全員を被告にしなければならない固有必要的共同訴訟であるところ、原告は転借人である訴外大日本製薬株式会社を被告としていないので、本訴は当事者適格を欠き却下されるべきである。

二  請求原因

1  訴外株式会社福岡銀行(以下訴外銀行という)は、昭和五一年一月一七日訴外安部貴史(後に川崎貴史と改姓、以下訴外安部という)に対し、金四〇〇万円を次の約定で貸し渡した。

最終償還期限 昭和七一年一月一七日

償還および利息支払方法 昭和五一年二月から、七月、一月を除く毎月一七日に金一万七、九九五円あて、毎年七月、一月の各一七日に金一一万〇、〇〇八円あて支払う。

利率 月〇・七五パーセント

損害金 年一四パーセント

特約 債務の一つでも期限に弁済を怠つたときは、通知催告をしないで、残債務金額について、直に期限の利益を失う。

2  原告は、昭和五〇年六月一三日、訴外安部との間に、右金銭消費貸借契約について、保険金額四〇〇万円、保険期間昭和五〇年六月一三日から債務弁済完了の日までとする住宅ローン保証保険契約を締結し、同年一一月四日、右保険契約に基づく求償債権(債権額四〇〇万円、損害金年一四パーセント)を担保するため、訴外安部が当時所有していた別紙物件目録記載の土地および建物(以下本件不動産という)に抵当権を設定する旨契約し、同日登記を経由した。

3  訴外安部が訴外銀行に対する右債務の弁済を怠つたので、原告は昭和五二年三月一七日訴外銀行に対し次の金員を代位弁済した。

元金 金三九六万〇、二四四円

利息金 金二二万二、七六七円

遅延損害金  金六、七九九円

合計 金四一八万九、八一〇円

よつて、原告は訴外安部に対し、右求償権債権を取得した。

4  被告許斐敏明は、昭和五一年九月二八日訴外安部から代物弁済として本件不動産を譲り受け、所有権移転登記を経由した。

5  被告田中清は、被告許斐との間において、本件不動産について別紙登記目録記載のとおりの約定による賃貸借契約(以下本件賃貸借契約という)を締結し、右賃借権設定登記(以下本件登記という)を経由した。

6  被告田中は、本件不動産を訴外大日本製薬株式会社に対し、次の約定で転貸した。

契約日 昭和五四年七月一日

賃料 一か月金三万円

敷金 金九万円

期間 昭和五六年七月三一日まで二年間

7  原告は、前記抵当権に基づき、昭和五二年五月二五日本件不動産の競売を申立て、福岡地方裁判所昭和五二年(ケ)第一三九号不動産競売事件として係属したところ、本件不動産の評価額は次のとおりであつた。

土地 金二九〇万九、二八〇円

建物 金五二八万一、二三九円

合計 金八一九万〇、五一九円

右競売事件の各競売期日と最低競売価格(一括競売)は次のとおりであつた。

第一回 昭和五二年一〇月一三日 金八二〇万円

第二回 同年一二月八日     金七三八万円

第三回 昭和五三年二月一六日  金六六四万円

第四回 同年三月三〇日     金五九八万円

第五回 同年五月一〇日     金五三八万円

第六回 同年六月八日      金四八四万円

第七回 同年七月二〇日     金四三六万円

8  このように、最低競売価格が低下してもなお競買人がなかつた理由は、本件不動産について、賃貸人被告許斐、賃借人訴外鶴悦夫として、次の賃借権が設定、登記され、これに基づき転貸人訴外鶴悦夫、転借人訴外大日本製薬株式会社とする転貸がなされていたからである。

賃借権

福岡法務局西新出張所昭和五二年三月五日受付第九八四〇号

原因 昭和五二年二月二六日設定契約

借賃 一月当該年度固定資産税額の一二分の一

存続期間 五年

特約 譲渡、転貸ができる。

同出張所昭和五二年一〇月一日受付第四五〇八二号

原因 昭和五二年三月三〇日変更

存続期間 三年

9  原告は前記昭和五二年(ケ)第一三九号不動産競売申立事件を取下げた後、新たに福岡地方裁判所に昭和五四年(ケ)第二六三号不動産競売申立事件を申立てているが、右競売申立事件においても競買人がないであろうことは、本件不動産の賃借人が前記鶴悦夫から被告田中に変つたからといつて何ら異ることはなく、本件賃貸借が原告の抵当権に損害を及ぼすことは明らかである。

よつて、原告は、被告両名に対し、本件不動産についての本件賃貸借契約の解除及び本件登記の抹消手続をすることを求める。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1項ないし3項の各事実は知らない。

2  同4項、5項の事実はいずれも認める。

3  同6項7項の事実はいずれも知らない。

4  同8項の事実は否認する。

5  同9項は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  被告らの本案前の主張について判断する。

民法三九五条但書により、抵当権者が賃貸借契約の解除を求める場合、他人間の権利関係に変動を生じさせる形成の訴として、賃貸人及び賃借人双方を共同被告としなければならないのは当然であるが、転貸借がなされている場合に、転借人をも共同被告とすべきかについては、賃貸借契約が判決により解除された場合にも、賃貸人及び賃借人に対する判決の効力が当然に転借人に及ぶものでもないし、抵当権者は、短期賃貸借以外に転貸借がなされている場合においても、賃貸借のみを解除すれば損害の発生が防止できると判断するときは必要な範囲内で賃貸借のみを解除すれば足り、あえて転貸借(効力の有無はともかく)まで、常に解除しなければならないとする理由はなく、したがつて、転借人をも共同被告としなければ当事者適格を欠くものということはできず、被告らの本案前の主張は採用できない。

二  次に本案につき判断する。

1  請求原因4項、5項の各事実は当事者間に争いがない。

2  いずれも成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第五ないし第一一号証、第一三、第一四、第一六、第一七号証、第一九ないし第二六号証によれば、請求原因1項ないし3項、6項の各事実及び同7項の事実のうち、本件不動産の評価額の点を除く事実並びに同8項の事実のうち転貸借を除く事実をすべて認めることができ、これに反する証拠はない。

3  一般に不動産の売買において、当該不動産に賃借権が設定されているときは、そうでない場合と比べて売買価格が低減することは経験則上明らかであり、この理は競売における競落代金の決定についても異なるところはない。更に、本件賃貸借は、賃料が月額当該年度固定資産税相当額の一二分の一という著しい低額であり、かつ賃借権の譲渡、転貸を認める特約がついているので、本件不動産を競落して所有権を取得しようとする者は、右の著しく不利な負担を負わなければならないことを考えると、競買申出人は自ら制限され、競落価格は低額にならざるをえない。

また、右に認定したとおり、本件不動産は現に当裁判所昭和五二年(ケ)第一三九号事件として第一回から第七回まで競売に付され、最低競売価格も金八二〇万円から金四三六万円にまで低下したがなおかつ競買人がなかつた事実を合せ考えるならば、前記認定のような賃貸人に著しく不利な約定のある本件賃借権の設定登記がなされている限り、今後も原告が抵当権の実行により被担保債権の十分な満足を受けることができなくなることは明らかであると考える。

よつて、本件賃貸借契約は、抵当権者である原告に損害を及ぼすものとして民法三九五条により解除すべきであると思料する。

以上のとおり本件賃貸借は解除を免れえず、したがつて本件登記は抹消されるべきものであるが、この場合、本件賃借権設定登記の抹消登記義務者は登記簿上の登記権利者である賃借人被告田中だけであり、賃貸人である被告許斐は登記簿上の登記権利者ではないから本件登記抹消の義務も負担せず、原告が、被告許斐に対して、本件登記の抹消を求める部分は失当として棄却を免れない。

よつて、原告の請求は、被告両名に対し、本件賃貸借契約の解除を求め、被告田中に対し本件登記の抹消を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 兒嶋雅昭)

(別紙) 物件目録〈省略〉

(別紙) 登記目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例